• 4 年前
2016年7月、神奈川県相模原市の障害者施設で入所者19人の命が奪われた殺傷事件。事件を受け、転換期を迎えているのが、自傷・他害の恐れがある人に対し本人や家族の同意なしに都道府県知事等の権限で強制的に入院させる「措置入院」です。『精神医療は今』第2回は、そもそも精神科病院への入院を減らし、地域生活を基本に置こうという世界の精神医療の潮流に注目します。取り上げるのはフィンランド・西ラップランド地方で行われている、「対話による治療」“オープンダイアローグ”です。

【「対話」で症状を改善 “オープンダイアローグ”】
フィンランド北部、およそ6万人が暮らす西ラップランド地方。
“オープンダイアローグ”は、この地域で始まりました。薬や入院治療を極力抑え、患者と“対話”することで、症状を改善するというものです。番組では、患者の許可を得て世界で初めて、治療の様子を撮影させてもらいました。

この日、医師と看護師が患者の自宅に向かいます。患者が病院に来られない時は、彼らのほうから訪ねます。患者は数年前から引きこもりがちで、不眠などに悩んでいます。さっそく「治療」を始めますが、最初は、患者の何気ない話に耳を傾けるだけ。安心して話せる環境をつくっていきます。

患者「娘が反抗的だし、なかなか思うようにいかないの。でも子どもたちがいうように、私だけが厳しいのかなって思ったの。他の母親とは違うし。」
看護師「うちの子も、他の子がやっていいことを禁止されているって言ってたわ。『自分がかわいそうだ』って。」

会話の途中、医師と看護師が2人で話し始めました

医師「彼女、娘さんのことはとても大切にしているけど、自分自身のことをどれぐらい考えているのかしら。」
看護師「自分にとって何が大切なのか、1つも触れていないわよね。」
医師「彼女自身、大切な存在だし、娘さんはどんどん自立していくわ。」
看護師「彼女にとって何が大切なのかしら?」

治療者同士の話をあえて本人の前ですることで、自分を客観的に見てもらい、抱える問題を引き出していくのです。

さらに会話を続けると、患者は、ダイエットやトレーニングに興味があるものの、行動に移すことをためらっていることが分かってきました。

「外に出たいのに、出られない」患者の思いを知った医師たちは、本人の関心事を大切にしながら、状態を改善する方法を探ります。

看護師「ねえ、うちの病院でもジムに行くんだけど、参加してみない?」
患者「お昼すぎまでは娘の学校があるから…。」

尻込みする女性に、具体的な提案をすることで、少しずつ背中を押していきます。

看護師「ジムの時間を確認して、最初は私も一緒に行くっていうのはどう?」
患者「そうね、誰かと一緒なら。」
医師「近いうちに、治療計画に入れましょうか?」
患者「ぜひ入れてちょうだい。本気で何か始めたいの。」

1回のミーティングは、およそ1時間。家族が参加することも多いといいます。
治療方針は全てミーティングの場で決定し、患者がいないところで決まることはありません。

【実践から30年 様々な成果が】

この治療の拠点となる、ケロプダス病院では電話で相談を受けたスタッフが、対応が必要だと判断した場合、家族や複数の専門職を集めた治療チームを結成。24時間以内にミーティングを開きます。

電話相談は365日、夜中も受け付けています。
対応するスタッフは全員、病気や薬の知識だけでなく、患者にさまざまなアプローチができるよう、心理療法なども学んでいます。

オープンダイアローグの開発が始まったのは、1980年代。以前はこの病院でも、他の地域と同じように、入院や薬が治療の中心でした。当時、160あったベッドは常に満床。医師は足りず、投薬に頼るしかなかったといいます。

当時の病院スタッフたちは、事態を打開しようと治療法の改善に乗り出しました。注目したのは、入院患者の家族背景です。

「多くの人が直面する精神的な問題に、家庭内の人間関係が影響していると気づきました。問題が何世代も越えて、繰り返されていることがあるのです。そこで我々は、それを研究することから始めました。」(心理療法士)

職員たちは、家族ごと治療する家族セラピーを始めます。そのなかで、患者を治療の対象としてみるのではなく、対等なパートナーとして語り合うことが改善のカギだと認識。これを、患者が関わるあらゆる人たちとの対話に広げていきました。

必要に応じて入院や薬物治療も行われますが、治療に入る前には必ず、本人を交えたミーティングが開かれます。本人の意思に反する入院は例外で、医師の説明が求められます。

実践から30年、病院のベッド数は160から22まで減りました。オープンダイアローグを経験した7割以上の患者が、職場や学校に復帰を果たしています。

10代でうつ病やパニック障害と診断されたラウラ・ヘッカネンさんは、当時、人と目を合わすこともできませんでした。しかし治療チームとのミーティングを重ねるうちに症状が緩和し、専門学校に進学するまでに回復しました。

「つらくなったらいつでも電話できて、すぐに面会の予約が入れられるのは大きいです。薬だけ処方されて、後は様子を見るだけだったら不安だったと思います。この治療チームがなかったら、なんて考えられません。」(ラウラさん)

【精神医療の敷居を下げる】

オープンダイアローグに参加するのは、医療の専門家だけではありません。例えば精神疾患のある学生がいる場合、学校関係者がミーティングに参加することもあります。

教師や保健師が参加したり、患者の友達が参加したり、ときには地元の警察官も。さまざまな立場の人が患者と対話し、治療を進めていくのです。

「精神科の側も私たちの判断能力を信頼してくれて、『どれだけ緊急性があるのか』や『自殺の心配があるのか』を確認してくれる。それぞれの仕事や専門だけでは、限界があります。1人ではなく協力しなければ、最良の結果には到達できないのです。」(教師の女性)

多くの住民が治療に携わることで、地域の精神医療に対する考え方も、30年で大きく変わりました。以前は、精神疾患のある人が家族にいることはフィンランドでも秘密にされていましたが、現在この地域では、いたって普通のこととして受け入れられているといいます。

「『知り合いがここで治療を受けていた』なんて話が当たり前に出るほど、みんなの意識が変わりました。」(看護師)

「地域の精神科は雲の上の存在ではなく、とても身近なもの。言ってみれば、コミュニティーそのものであり、コミュニティーをまとめる存在でもあるんです。」(青少年課の職員)

【日本のケース「ピア」の存在が支えに】

日本でも地域の人が関わるサポートが始まっています。

兵庫県淡路島。この地域では、精神科病院への入院経験がある人が自身の経験を生かして他の患者を支える、“ピアサポーター”が活躍しています。
以下はリンク先へ
https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/168/
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