• 12 年前
人口の約1割、740人以上の命が失われた、名取市の閖上(ゆりあげ)地区。桑山さんの経営する病院は、閖上地区のすぐそばにあります。
「心の問題はこれからが正念場」と語る桑山さん。震災から1年半が経った今、心の問題は良くなるどころか、深刻なレベルにきていると言います。「心が元気になること。心が復活することが復興の大きな鍵」。
どうすれば傷ついた心に寄り添うことができるのでしょうか。塾生たちが、会場となる桑山さんの病院に集まりました。

講師:心療内科医/東北国際クリニック院長 桑山紀彦さん

講義は、震災直後の話から始まりました。
桑山さんは震災翌日から病院を開き、24時間体制で診察にあたりました。津波で何もかも失った人達にかける言葉が見つからず「とにかく一緒に泣くしかなかった」と語ります。
「患者さんと一緒に泣いては医者として失格。先輩からそう教わってきたけれど、そんなのは間違いだと思った。泣いている患者さんがいたら一緒に泣くんだって思いながらやってきた」。

心のケアに必要なものとは、いったい何でしょうか?改めてみんなで考えます。
桑山さんは、一番の根本は“愛”だと強調します。「あなたのことが知りたい」つまり、相手に興味をもつことです。そして、もうひとつ大切なのは“想像力”。「この人は津波の日、どんな思いだったのだろう」そんな想像力を働かせることが、良い心のケアをするために不可欠だと語ります。

逆に心のケアを妨(さまた)げるものは何でしょうか?
それは「寝た子を起こすな」という考えです。普通の生活に戻そうと、津波の話を避ける人は多い。
しかし、ある程度時間がたったあと、心の傷をケアせずに放置すると、PTSDなどの後遺症が出て、社会生活に支障をきたすこともあるのです。心の重荷になっているトラウマの記憶を早く切ってあげるには『語ること』が一番。語りを引き出すことで、心の重しをチョキンと切ってあげる。そうすることで、心のエネルギーは元に戻るのだと、桑山さんは説明します。

一行は、津波の被害が大きかった閖上地区で、心の重荷を軽くするワークショップを体験します。用意するのは「的」と「3色の粘土」。赤は「怒り」、黄色は「もやもや」、緑は「愛」を意味し、自分の気持ちに一番近い色の粘土を選び、的に投げるのです。「アンガー(怒り)マネジメント」と呼ばれる方法で、心の中に溜まっているものを吐き出します。「一人で叫んでも返って虚しくなる。みんなと一緒に叫ぶことに意味がある」。学生たちは、それぞれの思いを叫び、粘土を投げます。

「いつも心に“愛”と“想像力”を!」
「みんなで語れ 一緒に叫べ ほら! 心が軽くなる!」

<桑山紀彦さん>
(49歳)心療内科医 東北国際クリニック院長
1963年岐阜県高山市生まれ。山形大学医学部卒。同大学院卒、医学博士。1989年より国際医療協力、中でも「心のケア」に特化した活動を世界各国で行い、94年、ノルウェー・オスロ大学附属「心理社会的難民センター」留学。心のケアの実践版である「心理社会的ケア」を習得する。90年代は旧ユーゴスラビア、2003年からは、パレスチナ自治州ガザ地区、2003年のイラン南東部大震災以降は、パキスタン、ジャワ島、スリランカ、中国四川省などの災害地で心のケアを実施してきた。2009年には空爆下のガザ地区に唯一の日本人医師として入り、緊急医療救援を実施。2011年3月11日、宮城県名取市の自らのクリニックが被災。直後より2ヶ月間24時間病院を開け続け、その後名取市の閖上小学校、中学校の子どもたちのための心のケアを開始。現在も毎日継続中。
<関連映像>
宮城・名取 心療内科の2か月 1/2
http://youtu.be/8xrPriAeWTk
宮城・名取 心療内科の2か月 2/2
http://youtu.be/8Wlq4c0Ge9c

桑山紀彦 精神科医 2011.9.27
http://youtu.be/Yej6frkmFrE

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