ウルリッヒ・ベック『リスク社会を生き抜く(5)』

  • 4 年前
ベックは決して未来に対して楽観的ではなく、発展進歩の近代という産業社会が生み出した副作用としての危機を、絶えず警鐘し続けた。
しかし絶えずポジティブで、彼が偉大なのは、危機をよりよい未来社会を創るチャンスとして捉え、近代を内省し、問い直すことで、あらゆる分野おける危機の解決方法を追求し続けたことにある。
今回の議論でも、ベックは「過去も現在も金融危機はEUのチャンスです」と明言している。
それは、国家間の共同を通して危機を乗り越える仕組を創ることで、EUの理念を実現するチャンスになると言っているように聞こえて来る。
実際前回の議論でも、「リスクは別の現代への新しい道の展望を開きます」とベックが述べていたように、あらゆる分野の危機をよりよい未来を切り拓くチャンスとして捉えた彼の足跡が、益々輝いている。
具体的には原発であれば、大事故発生の可能性がある以上廃止の脱原発宣言であり、自然エネルギーへの転換であった。
また戦争やテロへの危機、そして金融危機から地球温暖化の危機に至るまで、近代の産業リスク社会が生み出したあらゆる危機の徹底した分析と対処の提言である。
すなわちこれらの危機は、最早いち国家の解決が不可能で、ヨーロッパ、そして世界の国家間の共同なくして有り得ないと明言している。
しかしそれは、今回の議論後半で述べているように、世界政府創設といった全体的で均一なものではなく、世界の各々の地域が自律性や主権性を生かし、適正な世界連邦の仕組を創り出すことである。
しかしそうしたものを創り出すものは、産業社会を支えてきた政治や経済、そして科学技術でもなく、近代の自由を得た個人化で分断された世界の市民であり、連帯を取り戻す市民運動などの“サブ政治”だと訴えている。
前回述べたように、現在のコロナ危機の救済策としてのベーシックインカムについても、1990年代末より、リスク社会の切札として推奨しており、前回載せた日刊シュピーゲル「社会学者ウルリッヒ・ベックは、ベーシックインカムで人類の束縛からの解放を望む」のインタビュー記事を読めば、その入れ込みようが理解できよう。
何故なら、1986年に出した『リスク社会』では貧困の克服は可能だとベックが考えていたにも関わらず、ドイツ統一による新自由主義の到来で、世界一豊かであると言われていたドイツ市民の多くが困窮し、暮らしの危機に追い込まれて行ったからである。
それ故ベックは今回の議論を主催したNZZ(新チューリヒ新聞)にも、悪魔の労働法と称されるハルツ4が施行された一年後の2006年に、「完全雇用ユートピアからの別れ」というタイトルで、「西ヨーロッパの貧困と失業に対する論争が国家に溢れており、型破りな提言で描くその論争に寄与するテーゼ」という見出しで、ベーシックインカムの必要性を説く論文を寄稿している(注1)。
その論文によれば、「・・・。大量失業と貧困は、敗北ではなく、現代の労働社会の勝利の表明です。何故なら仕事は生産力が益々高まるため、何倍もの成果達成の仕事さえ、益々人間を必要としなくなっているからです。貧困の見込みがなくなることは、歴史的に長く信頼を失ってきた完全雇用哲学の裏面です」という書き出しで、現状の新自由主義の底なしの危機のなかで驚くほど冷静に見据え、飽くまでもポジティブである。
そして新自由主義の目標達成が成功したとしても、大量失業と貧困から逃れられないのではないかと前置きして、「仕事が見つからなくても、どうすれば有意義な人生を送ることができますか?完全雇用を超えて民主主義と自由はどのようにして可能になるのでしょうか?賃金労働なしで、人々はどのようにして自覚ある市民になるのでしょうか?」と問いを投げかけ、ベーシックインカムの必要性を訴えている。
そして端的に、「思考実験としてだけでなく、現実的な政治的要求としても、毎月約700ユーロの無条件の市民所得が必要です」と、ベックの考えるベーシックインカムを提言している。
こうしたベーシックインカムは、新自由主義の生みの親であるミルトン・フリードマンさえ、「一定の収入水準を下回る人は、州から一定額を受け取ります。この負の所得税は税収によって賄われます」と、その必要性を早くも1962年に提言していると述べ、「社会には、全ての人にとって乗り越えることのできないセーフティフロアが必要です。端的言えば、完全雇用ではなく自由の創出です。これは、近い将来の本格的破裂を防ぐ唯一の方法です」と強調している。
そして最後に財源に対してもポジティブで、「ベーシックインカムが生活水準を確保する場合、社会援助、失業給付、年金制度、児童手当は必要ありません。両親も子供を持ちたいという願望を簡単に満たすことができます。完全雇用の望みが完全に失われたなかで、私たちはより良い善を為すべきです!」と結んでいる。
そこには、危機を通して意義ある人生の実現、リスク社会を切り拓く自覚ある市民を希求するベックの心像が、くっきりと見えて来る。
(注1)ベックのNZZ新聞へのベーシックインカム寄稿
https://www.nzz.ch/articleEM5N6-1.73078

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